「選ばれしもの」

公園の茂みの奥、あまり人間の立ち入らない空間に5匹のたぬきが暮らしていた。
元々は別々の生まれだったが、今では5匹で行動していた。
明るい時も、暗い時も。晴れの日も、雨の日も。おなかが空いた時も、眠い時も。
たぬきというのは、1匹では生きてはゆけないか弱い生き物ということを自覚していて仲間意識が強く、同じたぬきならばみんな“かぞく”だった。
元々の出自が違っていても、共に過ごしているうちに“かぞく”として接することができる。
反面、他のたぬきとの違いを明確にしたくて、勲章を求める個体もいるのがたぬきの不思議なところだ。
そんなたぬきの様子を観察するのは、どんな娯楽よりも楽しいものだ。


その日暮らしの厳しさはあっても退屈なのか、触られるのは嫌がるが、人間と話をするのは嫌いでは無いらしかった。
差し入れに飴玉を5つやると、たぬき達は、親をなくしたり、捨てられたり、気がついたらはぐれていたり、そもそも生まれたところがこの公園の滑り台だったりと、
いろんな出自と出会うまでの苦労を話してくれた。


「この暑いのに大変なんだなぁ…いつも何食べてるの？」
「セミですし…うるさいけどいっぱい落ちてるから食べ放題だし…」
答えてくれたのは、リーダーっぽいたぬきだった。受け答えがしっかりしている。
「またあったし…！…これ、ぬけがらだし…」
他の仲間の分も、せっせと集めているたぬきがいる一方で、
「………ﾓｼｬﾓｼｬ」
がっかりした仲間が捨てた抜け殻を、気にせず咀嚼するたぬきがいた。コイツ多分何も考えてないな。
「へー。苦労してるんだなあ」
「仲間がいるからつらくないですし…」
「ですし…」
大人しそうなやつと、暑さにやられてるのかあまり喋りたがらないやつ。
「どんな時も5人一緒なんだし…」
性格はバラバラだが、案外上手くやっているようだった。





ふと、こいつらの仲間意識というものを試してみたくなった。
ポケットから金色のメダルを取り出す。ペット用に100均で売ってたやつだ。
「今からこの中の1人にだけーーーこの勲章をあげよう。この勲章を持ってる子はウチの子として連れてってあげるよ」
突拍子もない提案だったが、たぬき達の反応は様々なものだった。
「そうやっておもしろ半分で連れて帰って後でまた捨てるのはわかってるし…仲間はうらぎらないし！かえれし！」
「そうだし！そうだし！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「勲章くれし！連れてってし！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「1人だけかし…？みんな一緒じゃだめかし…？」
「おどるし！ほらみてし！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
リーダーっぽいたぬきは即座に拒絶の意思を示し、特に考えてなさそうな様子で追随するたぬき、1匹だけ抜け駆けしようとするたぬき、仲間意識の強いたぬき、早速アピールを始めたがなんか間違えてるたぬきなど、やはり個性は様々だ。



「うどんダンス！踊りますし！
   踊れるたぬきは、いいたぬきですし！」
一匹が突然大声をあげて、モチモチと踊り出す。
こいつら踊りにそんなに自信があるんだろうか。
「いちばんじょうずなたぬきを連れてってほしいし…♪」
「何言ってるし…！？なかまはうらぎれないって言ったし…！？」
「それはお前だけだし…！」
「暑いのもセミももうやだしぃぃーーー！」
「やめて…やめてし…ケンカはやだし…」
口々に言いながらも、一匹が踊り出すと何故か連鎖的に、ケンカを止めようとするたぬきまで踊り出す中、
ガニ股で踏ん張ってリーダーの精神力はすごい。 



て、ん、の、か、み、さ、ま、の…
1文字ごとに指を移動させ指の先のたぬきの反応を見る。
しっ！しっ！と手を振るリーダーたぬき。全身に力を入れて本能に抗っている。
興味無いそぶりをしながら、内心期待しているのを隠せずチラチラ目線を送ってくるたぬき。ダンスはヘタクソ。
汗だくになってダンスアピールをしながらずっとこちらを見てくるたぬき。こいつもヘタクソ。
よくわかってない様子で踊るたぬき。やっぱりヘタクソ。
指の先にいたのはーーー。



「やだし…！行きたくないし…みんなといっしょがいいし…！」
1番気の弱そうな、みんなと一緒がいいを主張していたやつだ。
ダンスは見てて気が抜けるぐらいヘタクソだった。
小脇に抱えられ、力いっぱいジタバタするが、大した抵抗ではなかった。
「まってし！つれてくなし！」
「嫌なら代われし…」
「ずるいし…なんであいつし…」
「あいついちばんヘタクソだったし…」
最初に拒絶したリーダーだけが、モチモチした拳でぽんぽんと突いてきた。
残りは選ばれしたぬきを怨嗟のこもった眼差しで睨みつけるに留まる。



「み、みんなこわいし…どうしたんだし…」
「戻りたいのか？今ここで戻っても、元通りの関係にはなれないぞ？ ていうかいじめられるかも」
「ひぇぁ…やだし…でも行きたくないし…！」
遊び半分で捨てるのは図星だったが、ちょっと風向きが変わってきたな。
ジタバタしながら泣き出すこのたぬきが極上に可愛すぎる。
適当に選んだのに大当たりだ。
仲間たちに見送られ、鼻水まで垂らすたぬきを連行していく。
残された4匹で何事か揉めているようだったが、こちらの興味は最早そちらにはなかった。


だが、経緯もあって、選ばれたぬきは決して懐こうとはしない。
出された食事にも手をつけず、
部屋の隅で丸くなってｽﾝｽﾝ泣いている。
こんな時は散歩だ。気分を変えよう。
あの日選ばれた証としての勲章をつけてやって。
髪も服も綺麗にしてやり、見違えるようになった。
全部を強引に行なったので放心状態のたぬきが出来上がったが。
さっぱりした爽快感からか、ほんの少しの涙と鼻水だけ残して表情は緩んでいた。　　



今日は久々に天気もいいし。
仲間の元へはすぐには行きたがらないだろうから。
たぬきに麦わら帽子を被せ、紐を顎の下で結び固定すると、自転車のカゴに乗せる。
「どこいくし…下ろしてし…！」
「じたばたするなよ。落ちるぞ。つかまってろ」
ペダルを踏み、漕ぎ出してからは早かった。
ションボリ、トボトボ歩いていては味わえない向かい風、速度、流れる景色。
圧倒され、言葉を失うたぬきだったが、しっぽは左右にぴょこぴょこ揺れ、
次第に体も上下を始める。
「これ、気持ちいいし…楽しいし…！」
やっと喋ってくれたか。
じゃ、そのまま30分ほどサイクリングと行こうか。その後はーーー。


たぬきの見慣れた景色が近づいてきたと気づく間もないまま、俺は自転車を停める。
しかし周りを見渡して何か察したのか、たぬきが不安そうにこちらを見る。
4匹のたぬきが、日差しを避けるべく、公園の外れのベンチの下に這いつくばって並んでいた。
「あっ…あいつだし…」
「何しにきたし…！」
「かえれし…裏切りもの…！」
「みんな待つし…何か用かし…？」
リーダーは俺ではなく、自転車のカゴの中のたぬきに話しかけた。まだ仲間としての、慈しみを残した声色だった。


想定外だったらしく、楽しい気分が吹き飛んだ選ばれたぬきは、
「ｷｭｰ…ﾀﾇｩ…」
仲間に何を言えばいいのかわからず、媚びた鳴き声でこちらを見てきた。
このままじゃ盛り上がらないな。
ちょっと一石を投じてやるか。自転車を降りて、カゴのたぬきを抱き抱える。
「ほ〜ら、甘ァいチョコだぞ〜」
夏でも溶けない焼きチョコ菓子を取り出し、食べさせてやる。
イヤイヤ首を振ろうとしても頭頂部から頭を押さえつけ、もう片方の手でチョコをたぬきの口に押し込む。
甘い香りと数日の意固地が招いた空腹に耐えられず、大して抵抗もせずに呑み込んでいた。
「あっ…」
食べてしまった事に罪悪感を覚えたように
ジタバタする。



しかし、飢えた身体にはこの甘さは毒でもあったようだ。
待ち侘びた食物の到来にお腹はぎゅううううと蠕動を始め、周囲に聞こえるぐらいの音を立てる。
「満足したか？たくさん遊んでお腹減ってたもんな」
「いいなし…」
「ずるいし…」
「おいしそだし…」
「み、みんな！セミだし！今日いちばん大きいやつだし！みんなでわけるし！」
リーダー格のたぬきが、いたたまれなくなって話題の転換を図るのが笑える。
「いらんし…」
「さわるな…」
「チョコに比べたらゴミだし…」
すぐに拒絶されてるのがまた笑いを誘う。



「会いたかったろ？久々に仲間に会った気分はどうだ？」
また、仲間の変貌ぶりはどうだ？
コイツは、これでも一緒がいいと言えるのか。
「帰りたいし…ここはわたしのいる所じゃ無いし…！」
ほほう。そうきたか。
「なにおし…！」
「お前、降りてこいし…！」
「代われし…」
4匹のたぬき達からすれば、急にやってきてお菓子を見せびらかされ、自分の立場を笠に着てバカにされたように感じるだろう。
一方の選ばれたぬきとしては、刺さるような視線に耐えられない。
自分には、もう仲間といる資格などないと感じたのだろう。
だが、人間に抱き抱えられて、見下ろす状態からこの言い方は良くなかった。
リーダーは最早、何も言わない。無力感に、拳を握りしめているようにも見えた。



「もうあそこには戻りたくないし！みんな怖いし…！」
一応言い終わるまで聞いてあげてから、麦わら帽子をカゴに入れ、
勲章をむしり、腕の中のたぬきを地面に叩きつけた。
「ﾀﾞﾇｯ！？なんでし…？」
モチモチボディには大した衝撃ではなかったが、
ほっぺを左手で抑えたまま愕然とこちらに顔を向けた。
その背後に、元仲間達がにじり寄る。
「もうお前飽きちゃったから。次はどいつにしようかな？」


「わたし…！わたしがいいし…！」


その間もずっと揉めていた、たぬき側から一際大きな声が上がった。


「こいつらもうやだし…！わたしを連れてってほしいし…！」
リーダーたぬきの、事実上の一家離散宣言だった。
流石に心変わりの角度が急ターンすぎて、こちらも驚いてしまったが、やはりというか当然たぬき達の方が唖然としていた。
「何言ってるし…？」
「抜け駆けずるいし！」
「うるさいし…！もうがまんの限界だし…！」
モチモチ…ペタペタし始めるが馬乗りになって体重をかけるとなると、ほのぼのはしていられない。
ぐ、ぐ。グエッと乗られた方がジタバタし始めたのでリーダーの首根っこを掴み、こちらもジタバタし始める。
暴力は良くない。平和的な方法を提案してみた。
「よし、じゃあ今日の夕日が沈むまでセミを1番多く集められた子を連れて行ってあげるよ」


「絶対いちばんになるし…」
「黙れし…わたしがいちばんになるし…」
「言ってろし…あ、あそこにいたし…ウソだし！」
「抜け駆けずるいし…！」
あちこちに散っていったたぬきを見送ると、
帰路につくべく歩き出す。
「え…行っちゃうし…？みんなセミ持ってくるのにし…」
あーおもしろかった。
後は数を誤魔化すやつとか、色々揉めるんだろうなぁ。あとなんでお前は他たぬ事なんだ。大きく差をつけられてるぞ。　



「待って…待ってし…ここには居たくないし…！」
這いつくばりながら手を伸ばす、元選ばれたぬき。
さっき叩きつけた時に足を挫いたらしい。
あんなに連れて行かないでって言ってたのに勝手なもんだ。
まあ、そこにいたら確実に“元仲間”にひどい目に遭わされるもんな。
まあ、争いには参加せずにその場を離れる事をオススメするよ。
「待って…やだし…行かないでし…もう一度選んでし…！」
これでちょっとは公園も静かになるといいなぁ。




後日。あの公園からしばらく落ちているセミが消え、公園内が綺麗になったらしい。
あの5匹のことはどうでもいいや。
その程度の思い入れだった。
それよりもっとおもしろい事ないかな。他のたぬきの群れ探しに出たものの、
残暑の厳しさに耐えかねた俺は諦めて夕暮れ時には家に着いていた。
ん…何だろうあれ。黒い塊みたいなのが落ちてるぞ。ゴミかな？

家の前に、山積みになったセミの死体が置かれていた…。

オワリ
